地震と教訓

こんばんへむり。
今日は妹の誕生日!と共に、阪神大震災の日です。

17年も前になるんですね。早いものです。
当時中学生で岡山にいましたが、今でも揺れたときのことを覚えてます。
震度4強だったはずでしたが、それでもやっぱり恐かった。

まだ外は真っ暗で熟睡している中、急にグラグラきて目がパっと開いて、天井を見ると電気がゆらゆら、本棚の本が左右にバタンバタンと揺れていました。
とりあえず鼻の上まで布団をかぶって様子をうかがっていました。
ほんの少しの時間だったのに長く感じたな〜。

その後両親の部屋に行って「地震だったねー」と声をかけると、母は「お父さんは小銭を貯めてる瓶を必死に押さえてたよー。コロもワンワン吠えるし」と笑っていました。
でもその後、1階に降りてテレビをつけるとびっくりの映像で、母と二人で「ええぇぇ」と声を出したのを覚えています。
街から火が出ている映像、高速道路が倒れている映像は本当にショックだったなぁ。

震災の1年前まで大阪に住んでいたので、電話が繋がる様になってから、友達の安否と共に様子を聞きました。
小学校の二宮金次郎像が転がってたとか、中学校までの道路がひび割れていて大変、家が崩れた人もいるなど聞くと、心配ももちろんしたのですが心の中では不謹慎ではありますが「引っ越してて良かった…」なんて思ったりもしました。

妹の旦那さんが、大阪の中心地に住んでいるのですが、話を聞くと「寝ていたら夢の中ですごく大きな地下鉄の音がしていて、ずっと電車が走ってるなーと思ってたら地震だった」という感じの体験談を語ってくれました。
揺れる前にもの凄く大きな地鳴りのような、ゴオオオオオオという音が聞こえてたみたいです。
起きていたら異変にすぐに気付けるのに、寝ている間だと地下鉄か地震かわからないまま、気付いたらタンスの下にいたという人もいたりするのだろうなぁと思うと、夜中に地震が来るって本当に恐ろしいなぁと思いました。


そんなこんなで話は変わり、昨年の東日本の地震。
東北が震源地なのに、愛知は震度3でした。
九州まで揺れたとのことで、本当に規模の大きな地震だったのだなぁと思います。

東日本大震災の時は、息子の幼稚園のお迎え直前で、実はバイオハザード5をオンラインでやっていたっていう(えー
娘が遊びながらやたらコタツを揺すってくるなー、やめてよねーと思ってたのですが、よく見ると電気が揺れてるので「あ、地震だ」と気付きました。
揺れがとにかく長かったので、本気でずっとコタツを揺らされてるのだと思ってました。

20分程してからテレビをつけてみると、もの凄く大変なことになっていてゾっとしました。
とにかく津波で流されている車等の映像が衝撃的だったし、生中継の映像なのにテレビだけでは現実味が無い程でした。
各地揺れも激しかったはずなのに、津波の影響が凄まじすぎて揺れの影響はあまり目に入りませんでした。

津波津波というけれど、もし津波が無かったらどのくらいの被害だったのだろう…とふと思い、いろいろと調べてみました。
といっても、知恵袋の他人の回答を見るくらいですが…(だから信憑性は薄い)
多数の回答を見てみると、死者数は1割弱の可能性(1000人程)とのことでした。
その理由として、阪神大震災からの教訓で、耐震設備がかなり整っていたからという意見も多かったです。

それを思うと阪神大震災がなかったら、崩れる家ももっと多くて、津波から逃げ遅れる人も多かったのだろうか…と思ったりもします。
あの地震があったから良かったとかそういう風には思いませんが、必ず教訓になっているので、あの日あの時の出来事は絶対に忘れてはいけないし、17年経ってもまた思い出して伝えていかなきゃいけないんだなぁと改めて思ったりしました…ということで、この日記を書いてみたって言う、そんな私。たいした経験談でもないのですが。

だから津波にしても、多くの教訓があり、必ず未来で生かされて行くはずだと願っています。
もう地震や津波のあんなリアルタイムな映像は見たくないです。
映像じゃなくて、東海地震で体験しちゃうかもしれないけど。

…ただ、原発だけは教訓を得ていない方向へ行っているような気がしてならないのです。
…あ、なんか長くなりそうだからまぁいいか。
とりあえず、私は原発はなくなって欲しい派です、っていう締めで。

原発がなくなったから、節電の為にインターネットは一人一日最大2時間まで!とか決めると、世の中いろいろ変わる気もしないでもないです。(何の話だ)